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JHP・学校をつくる会

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 国民の3分の1が殺されたといわれるカンボジア。ポルポト政権の偏った思想のもと多くの教育者や知識人が虐殺の対象となり、本来子どもたちが通うべき学校は次々と壊されていった。

 「JHP・学校をつくる会(JAPANTEAM OF YOUNG HUMAN POWER)」は、そんなカンボジアを主な対象に1993年から現在まで230棟を超える小・中学校、教員養成学校の建設をはじめ、情操教育や教育指導など様々な分野で途上国の子どもたちをサポートしている。学校や教育をテーマに人道的な支援を志す若い人々が集まるNGOとして、設立当初は任意団体であったが、1997年より今の名称となり、会費会員制の組織へと発展した。

 

子どもたちのための学校づくり

 カンボジアでは未だに多くの子どもたちが満足に教育を受けられない状況にある。経済が困窮しているため、家の手伝いをしなくてはならない子どもたちも大勢いるが、学校に通いたくても学校そのものがなかったり、内戦の傷跡により教師の数が不足しているという深刻な問題もある。特に農村部では教育に対する意識が浸透していなかったり、中学校までしか出ていない教師も大勢いるそうである。

 代表理事の小山内美江子さんは1991年にカンボジアの和平協定が成立した後に帰還難民の救援活動のため、この地に足を踏み入れた。その後帰国し、教育が一番大事だということに気付き、「自分たちの手で子どもたちのために学校を作ろう」と心に決めたという。当初は、1年で1校ずつ建設することを目標としていたが、学校を作るというシンプルで分かりやすい趣旨に多くの方の賛同と信頼を得て、その後16年間でなんと235棟にまで増やすことができたそうだ。

 

自立していけるような支援を目指して

 また学校の校舎を建設するプロジェクトと並行して、カンボジアの教育省等と提携し豊かな感性を育む音楽や美術などの情操教育や、病気の予防に深く関連する衛生教育の指導などもスタートさせた。絶対的に不足していると言われる教師の育成にも力を注ぎ、教員養成学校の充実も目指している。このようにカンボジア政府とも協働を行い、長期的な情操教育を支援している団体は非常にめずらしく、支援面で期待されている部分が多いのも事実だそうだ。だが、事務局長の中込さんは「ただ先進国に頼るだけではなく、カンボジアが自立していけるような支援を目指している」と話す。これからは小学校だけでなく中学校の建設も増やし、美術や音楽などの情操教育をひとつの教科として授業が行われる環境を整えていくことも目標にしているという。

 このほか、日本の若い世代への地球市民教育を目的として年2回カンボジアへ1ヶ月間、20数名のボランティアを派遣している。ここで一番多くのものを得るのは、実は日本の若者たちなのだそうだ。途上国の風に触れ、様々なカルチャーショックを乗り越え、現地の人々の温かさと底抜けのパワーを肌で感じ、「生きる」実感を宝物にして帰ってくる。それは、小山内さんが設立以来理念として掲げる「地球市民としてともに生きる」ことを学ぶことなのである。

 

jhp1.JPGカンボジアの子どもたちとのエピソードを語る

中村さん夫妻(右)と事務局長の中込さん 

 

jhp2.JPG 「JHP・学校をつくる会」の国内での活動

 

 

絵を通じたカンボジアへの支援

 カンボジアには絵具やクレヨンを見たことも触ったこともない子どもたちがたくさんいる。そんなカンボジアの子どもたちに絵を描くことの面白さ、素晴らしさを広めるため、絵画教室ボランティアを行うのが、中村豪志さん・ひろみさんご夫妻だ。東京の池袋でカルチャーセンターの講師をやっている中村豪志さんは、2009年9月に「チャリティー企画特別レッスン」を東武カルチャー教室「ふじみ野教室」で開催し、その参加費を全額「JHP・学校をつくる会」に寄附した。

 もともと画家である中村豪志さんは、父親の勧めでカンボジアで絵を教える授業に参加した。「日本で絵を描く喜びや感性が減少していく中、生きるために必死なカンボジアで絵の授業が一体どれくらい必要とされているのか」というところに興味がわき現地へ赴いたそうだ。その際に、純粋に絵を描くことに喜ぶ子どもたちの笑顔を見て、日本がなくしてしまった何かを感じとったという。「物中心の援助をやっていく中で、先進国を追いかけることが幸せなのかということを現地で考えさせられた」とおっしゃっていた。

 妻であるひろみさんも、「最初は敬遠していたボランティア活動でしたが、現地で学ぶことに対して感謝と喜びをたくさん感じた」とおっしゃっている。画材もない、すし詰めのような狭い教室の中で、笑顔で一生懸命楽しそうに描いている様子に自分の幼い時を重ねたり、絵が好きという気持ちは私たちと変わらないと感じたことが、お手伝いをしたきっかけだったそうだ。

 中村さんご夫妻の働きかけにより、カンボジアと日本で絵の交換を実施し、またカンボジアの各地で展覧会なども催している。この試みは、ポルポト時代に壊された文化や芸術を復興し、両国の交流を深め、農村の人たちも子どもから刺激を受けられるというすそ野が広いプロジェクトへと発展している。また、教師養成学校では中村さんご夫妻にトレーニングしてもらうことで教師の質の向上も計っている。

 この会は、「チャリティー企画特別レッスン」をはじめとして、これからもカンボジアと絵で交流を深めるため、中村さんご夫妻と協働していきたいとのことであった。